神葬祭

出雲大社の神葬祭

当社では神道でのご葬儀(神葬祭)を行っております。
江戸幕府の政策により日本人はすべてお寺の檀家となり、お葬式は仏教で行う事が当たり前になりました。
明治になり宗教の自由が認められましたが、数百年行ってきた先祖の祭祀を変える家は少なく現在に至っております。

最近では仏教・檀家離れなどが進み、自由な発想で葬儀を行う事も多くなり、もともと日本で生まれた信仰である神道の簡素でわかりやすい神葬祭が好まれる傾向にあり、ご依頼いただければどちらでも出張奉仕しております。

帰幽届けお申し込み

神葬祭の流れ

一、当社へ亡くなった旨を報告

一、葬儀社へ依頼

日程などを打ち合わせて決める。※出雲大社へ葬儀を頼んである旨を伝え、神式の葬儀であることを伝える。

一、当社へ連絡

当社へ葬儀日程、場所を連絡。0296(74)3000

※家の神棚に死亡者の出た事を奉告した後、神棚の前面に白紙を貼り下げて喪に服す。

一、帰幽届をファックス

故人の経歴(帰幽届)を当社へファックスする。0296(74)4688

一、通夜祭

通夜祭の中で故人のみたまを霊璽(れいじ)にお遷しする遷霊の儀を執り行います。

一、葬場祭

故人の経歴などを含めた祭詞を読み上げ、親族・会葬者とともに 故人をお偲びし最後のお別れを致します。

一、火葬祭

火葬場へ赴きお釜の前で火葬祭詞を読み上げ、最後の玉串拝礼を行います。

一、帰家祭・十日祭

通夜祭の中で故人のみたまを霊璽(れいじ)にお遷しする遷霊の儀を執り行います。

葬儀後の祭事

葬儀後の祭事

葬儀後はご自宅でみたままつりをお仕えします。十日祭を行いましたので、亡くなった翌日を1と数え、20日目、30日目、40日目は故人の好物などをお供えになり、丁重にお参りを致しましょう。

50日祭

五十日目に行う忌明けの節目となる大切な祭事。神主お仕えのもと、みたま様をお偲び下さい。
50日祭に合わせての納骨祭を行う事も多いのでご不明な点はお尋ね下さい。

その後は1年祭、3年祭、5年祭、10年祭、20年祭、30年祭、40年祭、50年祭という年祭が定められておりますので、節目を大切にお仕え下さい。

神葬祭の歴史

神葬祭の歴史

日本の古い葬儀の様式は神話の世界に登場し、古事記の中の天若日子の葬儀のくだりに見られます。神葬祭の源流がここにあると言えるでしょう。
そして、仏教伝来以降、急速に仏式での葬儀が普及しました。さらに江戸時代になると、キリシタン対策のための寺請制度(てらうけせいど=人々は必ずどこかの寺に所属しなければならないという制度)により仏式の葬儀が強制されました。しかし、江戸時代の中後期になると、国学の興隆によって国学者たちが日本古来の精神・文化に立ち返ろうと訴える中で、神葬祭の研究も行なわれるようになり、日本古来の信仰に基づいた葬儀を求める運動(神葬祭運動)がおこりました。その結果、幕府は限定的に神葬祭を行なうことを許可しました。

明治時代になると、政府の神祇政策の一環として神葬祭が奨励され、例えば、神葬祭専用墓地として青山霊園が設立されました。地域によっては神仏分離や廃仏毀釈に伴い、地域ごと神葬祭に変更したところもあります。葬儀は宗教行為とされる一方、公務員に相当する神主は宗教活動である神葬祭を行なうことを禁止され、神葬祭の普及は停滞しました。

この時代に生きた出雲大社大宮司、第八十代出雲国造(いずもこくそう)千家尊福公(せんげたかとみ)は、記紀などに記された、天孫降臨に先立つ国譲りの時に結ばれた「幽顕分任の神勅」(ゆうけんぶんにんのしんちょく)によって「顕世の“この世”は天照大御神の皇孫がお治めなされること、幽世の“あの世”は大国主大神が主宰なさること」この幽顕二道を明らかに建てることが、世の人々を救いに導く安心立命の道だとして、大宮司を辞任し、教導職として神葬祭の普及に務められ、明治天皇の内親王殿下のご葬儀を執り行うなど、そのご事績は出雲大社の教えの基礎でもあります。

戦後、神道が宗教としての立場を取り戻し、葬儀に関わることができるようになり、現在では、依然として仏式の葬儀が一般的ではありますが、儀式の持つ意味が分かりやすい、荘厳だ、経済的負担が他の宗教と比べて少ないといった理由から、神葬祭が増える傾向にあります。

神道の死生観

神道の死生観

出雲地方では、女性が妊娠すると「あそこの娘さんに霊(ひ)が止まらっしゃった。」という表現をいたします。人の霊魂(霊性)がお腹に宿ったと捉え、人間とは霊が止まる=霊止(ひと)=人なのだという考え方です。この霊魂は神界(死後の世界)からやってきて、死後、この神界へ還るのだと考えました。出雲大社の教えに「表裏一体」「幽顕一貫」という言葉があり、この世を顕世(うつしよ)、あの世を幽世(かくりよ「幽冥」とも書く)と称し、現世と来世は表と裏の関係で、明るいところから暗いところは見えなくとも、暗いところから明るいところが良く見えるように、幽冥から顕世は良く見え現世に生きる子孫の事をいつも見守ってくれていると先人は考えました。これが先祖を大切にする信仰心を生み、日本人の伝統的な祖霊信仰として日本人の根幹に息づいているのです。


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